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2006年10月 4日 (水)

松本探訪

松本探訪

駅前「鳥心」
 出張先ではあるが会社の人からかねがね噂は聞いていたが、なかなかのもの。
ということで今回は京都から到着でお疲れ様。

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すべてがこだわりである。
「ねぎま」を見ても。ねぎと鳥が同数。いっしょに食べろと示唆している。
つくねも他と違うし、レバーのとろーり。地鶏もなかなかであった。

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違うと言えば、この塩のふりかた。あやしい!

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究極はこれであった。「ささみフライ」、絶品、芸術品である。
ふわふわ卵衣で、おろし大根+ゆず中には大葉。
そして何より、不思議。ささみもふわふわである!
秘密は見抜いたが、ここには書かない。電車に乗って食べに行って解いていただきたい。

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ご飯系も強力、雑炊、焼き鳥丼。
京都セミナー終了から移動。大満足の一夜であった。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

明けて翌日。もちろん本日は仕事であるが、早起きをして朝飯前に松本の街を散策。
むかし、そう60年代に3年間住んでいたことがある。
町並みは変わったが地図なしでも歩けるのである。

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まずは、ホテルの隣のパルコ。ここは昔「はやしや」というデパートがあった。
大食堂のラーメンの味は変わっていた。今なら分かる「葱焦がし」だったのである。
今でもあの香ばしい香りは「はやしや」の思い出である。

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そして、本町どおりに出る角は「牛つなぎ石」その向こうの銀行にうちの親父が勤めていた。60年代のあのころ、この商店街からはよく「白銀はまねくよ」なんかが聞こえていた。

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そして女鳥羽川にかかる千歳橋、振り返ると本屋「鶴林堂」今でもある。

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折り紙の本や、カット集(昔は絵・デッサンのサンプルを集めた小冊子があった)を買って貰ったけ。そのむこうは「ナワテ通り」、映画館があった。

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大名どおりをまっすぐ行けば松本城である。これは説明がいらない。
あの頃と変わらない、澄んだ空気にそびえたつ本丸。

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本当に、信州人にとって自慢できる宝であるとおもう。
お堀の東には昔、音楽教室と、模型屋があったけれど。

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さて松本城の北にあるのが、松本聖十字幼稚園。自分は45年以上前ここを卒業したのである。

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この教会は変わっていない。日曜には礼拝があって、綺麗なカードが貰えて記憶がある。

さて帰り道をいそぐ、仕事の集合時間が間近い。
と、女鳥羽川近くにこんな碑が。

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有名な開智学校は昔このあたりにあったのである。
自分の通った田町小学校は、自分が転校すると、開智小学校に吸収されてしまった。
確か、区画は変わったが今の丸の内病院のあったところかと思う。
雨天体操場を2つも持つ大きな小学校だが今は何の形跡もない。
市立図書館に記念の本が残るだけと聞く。

たぶん今の開智小は信大の診療所跡付近ではないか?
そういえば、消防署も今のお城の西ではなく、北側にコンクリの櫓を持つ建物があったはずだ。

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そんなこんな朝飯前の30分の散策であった。
短いながら、何か40年以上の時間旅行をしたようでもあった。
いつもなら朝の転寝になる、そんな時間が思い出との出会いの時間に変わった。
時間の持つの可能性の不思議、いや「早起きは金」である。
出張地の朝、本日もお仕事がんばりましょう。

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