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2007年2月16日 (金)

タイムトンネルの入り口

慌しい日々の中、神奈川県の方からメールを頂いた。
「みんなのうた」関係である。
1961年「誰も知らない」。学校にお勤めで、生徒さんといっしょに歌おうとしたらしい。

その先生が子供の頃、聞いて歌った歌である。情報をたどって「60年代 懐かしの宝箱」にたどりついたのだ。
(この作品は番組で、はじめてアニメーションを使った構成としたところでも有名である。)
その方は、私と同年代、いや同い年で、松本のご出身であるからとメールくれたのである。

丁度同時期自分も松本の小学校に通っていた。1962年夏、小2で東京に転居した。翌年、その小学校は近くにあった伝統ある小学校と統合されなくなってしまった。
だから自分が松本で通った小学校は昔から存在しないのである。

同窓会のサイトなどで情報を募って10年何も情報はなかった。

その方は昔その吸収した側の学校の生徒さんだったのだ。メールをやりとりするうちに驚くべき発見があった。

名前こそ無くなったが、その方は自分が通った小学校の校舎で、合併しての新校舎ができるまで勉強されたのだ。

だめもとでその頃の自分の友達の名前を数名書いたところ、そのうちの2名は小3~6年でいっしょのクラスであったという。

懐かしさが蘇った。その方とは1面識もないのだが、学校・友達を通じ40年以上を越えて通じ合えたのである。

友人からは転校して何通かの手紙を貰ったので、それを探し、読み直して見た。

「今、席はMさんと並んでいます」と書いてある・・・あれ、メールの方の旧姓と同じではないか。
メールでたずねると、「クラスにMは一人であったのでたぶん私でしょう」と返事があった。

Mさんは合併前には違う小学校、自分合併前に転校したので、お互い全く知る訳はない。
しかし、自分の友達の隣の席に並んでいた・・・その方から40数年を隔て、

1つの曲が、ホームページを通じ、1つのメールでつながったのである。まさに、時間のいたずら、不思議である。そんな偶然は40年前からしかけられていたのかもしれない。

これも、タイムトンネルの入り口。この瞬間まで来ないと開かなかった扉である。

一瞬、鳥肌が立った。こんな偶然・不思議・・・人生で体験した再開ドラマのベスト3に入るものであった。

そして、自分が知りえようなかった、転校翌年の運動会の写真をメールして頂いた。

Image1

そこには、その年、壊されて無いとばかり思っていた自分の通った懐かしい小学校の校舎の姿があったのだ。

(1963年松本・開智小学校:旧田町小学校校舎)

そして2枚目には、運動会ながら体調から一人見学している懐かしい友人の後姿があったのである。

Amachi2

そこには自分が転校して見ることはなかった未来、自分の認識ではありえようはずのない過去の風景としてあったのである。

大変な生活の日々の中、懐かしく嬉しく不思議な感動の花が咲いた。

丁寧なメールを頂き、しばし時間旅行をごいっしょして頂いた旧姓Mさんには本当に心から感謝したい。

そして記憶は、人生そのものであることと
時や関係を超えた人のつながりの不思議を心に焼き付け、
あらためてインターネットという道具への感謝をした。

タイムトンネルへの入り口が開くその瞬間を体験したのである。

旧姓Mさんにはこの機会に、生徒さんには「誰も知らない」という歌が結んだ童話にも似た偶然、人のつながりの不思議、そして年を重ねること人生の大切さを生徒さんに伝えて頂きたいと思う。

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