懐かしい高校時代の集まり
もう40年以上前のこと、総武中央線で通学していた友人たち、1年に1回夏場ですが、思い出の大久保・新大久保に集まります。
さて今回は2次会にあの頃の資料を持参しました。
入学案内、修学旅行で行った北海道のしおりや歌集、学園祭・体育祭のしおり・・・
資料を見るとあの頃のいろいろな話が出てきます。近年実家の物置から出てきたものです。
自分たちは帰路が近くであった訳ですが、皆「帰宅組」であったことになります。
高校に入って、クラブに入ろうと思ってましたが、担任が入学の利履歴書を見たらしく、実績から図書委員を押しつけられ、その実績で結局3年やらされて、クラブには入らずじまいでした。図書委員には当番や月であったか季節であったか書架の整理がありました。しかしそれも自分の好きな電気系の雑誌を読んだり、その払い下げにあずかったりで悪いことばかりではなかった思い出もあります。文化祭の資料を見るとクラブの活動はまりぱっとせず、受験校、当時は都立・県立のすべり止め校として有名(やたらと入試倍率が高いが実際は、入学金の納入時期との関係で辞退者も多く)で案の定入学して見ると公立受験者失敗者ばかりでした。大学受験をめざす予備校のような学校・・・確かにそうだったのですが、今思うと受験とは関係ない本、小説を沢山読んでいたりしました。
仲間と帰り道の電車で話したのは音楽やオーディオの話でした。そのあたりは今につながっていることを感じます。
ビートルズが解散した当時で、これからどうなるのだろう・・・そんな時期であったと思います。
大久保の駅周辺のお店もずいぶん変わったように思います。変わらないのは教会や神社、そして交番と言ったところでしょうか。
持参した資料の間からは後夜祭のチケットが出てきましたが、学校名の覧があり、自分用ではなく招待用のものだったようです。当時中学から同じ高校へは友人が何人も行っており、招待の必要はなかったのでしょう。学園祭は委員会の展示があって、会場にはりつきで、あまり他を見た記憶もありません。学園祭は丁度都立校のそれと重なっており、朝出席を取ると早速他校に見学に行っている友人たちを見ると羨ましく思ったものです。
ここに集まった友人には今でも会社で現役、現役相当であったりする、他の集まりでは珍しい者が半数もいたりで、話も相変わらず仕事と人生の話であったりします。そのあたりが他の集まりと少し違うところです。大抵は定年延長と言っても現役とは違う生活を送っている訳ですから。それだけに退職組にも、仕事とは何であったか、何であるかと言った話が出てきたりする、他にない集まりです。
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