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2018年2月 9日 (金)

港区近代沿革図集

先日入手した資料「増補港区近代沿革図集」ですが、昭和47年に発行され絶版となったものにその後の1986年、2007年の地図を加えたもので、これもすでに発行より10年がたっています。しかしよく見ると、昭和16年が消えて昭和12年に差し替えられ、そのかわり昭和22年が追加されています。

昭和37年~昭和39のまる2年だけ住んだ場所ですが・・・

昭和12年の地図を見ると玉川電車が天現寺橋まで来ており、東京市電が専用線で恵比寿方向に向かって行きます。外苑西の道はなく、豊沢、白金三光町の停留所があります。増補で無くなった昭和16年の地図では道路がありそこを市電が走っています。昭和19年にこの線は廃線となり線路は鉄材として供出されたようです。1962年当時、父はこの広い道路から都バスに乗って目黒の仕事場に通勤しましたが、この広い道路に都電でも走っても不思議ではない・・・と思ったのもまんざら外れた話ではない・・・あらためて道の形成は不思議なものだと思います。当時北里大学前のバス通りから入る豊沢の通りの不思議さを感じていましたが、昔の地図をみるとうなづけるものがあります。環状4号の計画線や、御領地が自然教育園になる過程などいろいろなものが映し出されて行きます。

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