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今回も妻も参加して母のお花のお稽古部屋の片付けから。お花器が15袋、その他15袋ほどが出ました。母のお稽古場は昔の私の部屋です。新築の時は加銅鉄平さんの「リスニング・ルームの設計」で室内音響を学んで、自分で設計発案して、工務店に相談してでしたが、なかなか分かって貰えなず苦労した思い出があります。遮音に石膏ボードで空気層を作り吸音材を入れる・・。出来上がっての調整は難しかったですが残響測定用の測定器を自作したりもしました。アンプや録音再生、デバイス・材料は大きく進歩し、アプリによる計測や解析シミュレーションなど進歩ましたが、当のスピーカーや部屋についてはどうでしょうか。昔は難しかったことも理想に近づいて来ると逆に限界がはっきりする・・・。「スピーカーを鳴らす」とは良くいったもので、苦労の先に満足な音を出す事は無共振の台や理想の場所の上には無い場合もあるかもしれません。恰好の真似ではなく理論や実際を学んで機材と自分聴感や心理と折り合いをつけるのもオーディオの楽しみとして面白いとおもいます
オーディオでは根強い人気と言うのがあるようでスピーカー製品は特に感じます。アンプなどに比べ技術進化の速度もあるのかもしれません。それに従ってメーカー、そしてそのイメージもあります。ファンでも知らないまた忘れてそこまでの道が昔からあったような錯覚もあるかもしれません。先日見つかった1968年のヤマハ(日楽)の広告です。今では同社NS-10Mなど伝説的な製品がありますがそのシリーズの原点。数年後、大学の音響の教授の授業でも非音響的と話題となりました。音を聞いたことがありますが、振動版は発泡スチロールのようなもので低音はボンボンぼこぼこ、中高音はモコモコで通らず。形をピアノ型にしたところで振動版は大きくはなりますが昔のテレビの楕円スピーカを思い出します。この時代は御三家のトリオ・山水・パイオニアが隆盛を極めた頃。それが変わったのは1970年代半ばNS-1000Mから。最新の素材や技術、試作品を聴かせる試聴会にも参加しましたが、バリバリの立ち上がり良い音にびっくりしました。しかしそれまで雑誌巻頭巻末広告などには力をかけ継続的な努力や技術研究があったのでしょう。今のように楽器メーカーは音楽を知って大切にオーディオ製品を作るだろう というより音を着色し作ってしまわないか・・・そんなバイアスのあった時代もあった訳です。(エレクトーン用と同じ変形スピーカーをオーディオに)
ドラマでミュージカルの練習舞台にあったスピーカ。
箱はグッドマンのトーンゾイレタイプで、ダイヤトーンのP-610が入ったものを見かけたこともありますが、こちらはクリーム色のコーンに大きなサブコーン、センターが穴あきのアルミキャップとコーラルのFLAT-6入りかもしれません。このユニットなら高校生当時、秋葉原ラジオセンタースピーカー部で買って鳴らしました。前面から取り付け可能なプロミネントフレームなのですが背面取り付けです。ドラマは史実から1976年あたりらしく、このユニットの発売は1969年。コーンの色合いは年代を経ているようです。当時はもっと白い綺麗なスピーカーでした。(EXACTに似たスピーカ・ユニットもありました。)
録画してみました。渋谷駅のまさに迷宮は、問題の部分をジオラマとして作った私は自分のものとして感じていました。番組の中のテーマでもあった山の手線にかかる百貨店中央館も模型として内部から作って移動のための組み立て構造しましたので。20年以上前、図面や写真、実測で模型化していった日々が思い出されます。確かに100年なのですが1960年代頃できた街はそのまま半世紀維持されそれに慣れたものとしてはその後工事で変わって迷宮になっていった日々の工事内幕を見る番組でもありました。
1960年代後半アンプもトランジスタ化されました。真空管を置き換えた当初は課題もありましたが、トランジスタを活かす回路技術で大きな出力が得られると真空管アンプは不利になり製品も少なくなった中、新製品を出したのがラックスでした。
出力は単に数値競争ではなく、当時能率は悪いが帯域の広いAR3aのようなスピーカーが増えてきた背景がありました。それ以前は日本の部屋も狭く効率の良いスピーカーを良質なアンプで鳴らす流れで出力真空管は3極管や3極管接続に限られる雰囲気が出来ていたこともあった訳です そのために出力管を開発したことは現在の入手性では仇となり、また現在はラックスのトランスの不良が言われますが、当時のオーディオ機器が今でも使えることが意外と多いことの中での対比で、50年ここまで残るとは考えられていなかったでしょう。
2000年前後で2ブロック分けしての発表でした。2000年前は年代も広く、美曲の数々。2000年以降もあらため良い曲が。両方に渡るアーティストもいます。2000年代以降は2000年代それも前半が多いのか。その中で気になったの7位の藤井風さんの「きらり」(2021年)、番組ではその美メロデイーの湧いた時の本人談もありましたが、ずっと昔2000年リリースでANAのCMにも使われた MONDO GROSSO 『LIFE feat.bird』(のちに2018年CM放送、2019年再リリース)に聞こえてしまいます。動画の2分半ほどのところのサビの酷似には驚きます。
https://www.youtube.com/watch?v=oZtgn6OUCTA
ネット投稿を広く見てみると、あらためて自分の状況:立ち位置や考えも見えてきます。
ユニットを正確に前後㎝で合わせ、足りぬ時はディレイを使う?たしかにマルチスピーカでシステム自作するとネットワークとスピーカーでどう接続するか、マルチアンプではアンプの正逆など。理論どおりにするのは第1歩です。
これを合わせるのはクロス周波数にて、そうするとまるで全体域で1枚の振動板ができそうですが、実際はユニットは理想的なものではなく分割振動もあり、空間的には耳の位置が少しでも動けば位相はかわり、部屋では直接波だけでなく間接波も耳には届く総合的なもの。また耳の聞く音色は波形を聞き分けているではないこと。可変すれば聞こえは変わりますが、聴くソースも音楽で単純正弦波ではありません。
音を大きく変える要素を忘れてはいけません。見た記事では音響レンズにバッフルが無く、通常どおり付ければそれだけで音はずいぶん変わると思います。
分割フィルタ特性での位相や伝送合成特性、音質問題は1968年のラジオ技術で論議があって理想どおりではなく、スピーカー振動板位置合わせは1975年のパナソニックSB-7000 などのリニアフェーズがあります。そんないろいろを越え現在があるのもオーディオの楽しみですね。
1960年時代劇風の「潮来笠」に始まり、青春歌謡で吉永小百合さんとのデュエット1962年「いつでも夢を」、エレキサウンドの1964年「恋をするなら」、1966年「雨の中のふたり」、 1967年の「メキシカンロック」(1968年がメキシコ・オリンピック)、1971年「子連れ狼」 時代とともに様々な歌を残してくれました。個人的には幼稚園から高校生の頃になりますが今聞いても思い出がよみがえります。いつまでも橋幸夫さんの歌声が私たちの心に残ります。
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