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60年代研究

2018年7月17日 (火)

片付けと資料

平日ではありましたが、実家の片付けに行き資料を持ち帰りました。家でとってあったのでしょうか。最初の会社の採用など資料、はじめての賞与、2つめの会社への入社の資料など個人的な意味しかないようなものが一式、袋から出てきました。

以前から最初に入った会社で入った寮の場所などが気になっていました。当然その寮は建物も何も痕跡がないのですが、駅からその寮への道も変わってしまい、目標であった学校や公団も今は無くなって見当がつかない状態でした。

今回、入社時の行く事業所や入寮の資料があって、そこに住所や道順が出ていました。

それを頼りに当時の航空写真を捜し、上空からですが当時を感じさせる懐かしい風景を発見しました。

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現在の街並みと比べるとずいぶんと違います。

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目標であった小学校はすでになく、途中にあった団地が小学校になっていました。

昔入社時も貰った資料でよく判りました。

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2018年6月24日 (日)

昭和40年男~ジャンクなプラモ

700円ほどの隔月刊の雑誌ながら、その絶妙な編集視点からかプレミアムの付く号もあったりする・・・すでに48号を越え時代感を十分とらえるだけの号を重ねています。個人的には本屋の立ち読みも縁遠くなり、検索やお勧めで新しい雑誌・本を知る今日この頃の中の1冊。1965年生まれの見え方なのでプラモデルも日本でのプラモブーム創生後の当時・それまでの概略と各カテゴリも楽しい

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書評でも「ジャンク」には異論もあるようですが、どうも主流であるスケールものとは違う分野・小規模・チープ雑多というそれだけに思い出も多いと言ったとこでしょうか。

これは創生から60年代半ばまでの隆盛以後、メーカーの倒産、子供たちの嗜好の多様性などで、昭和40年男らしいくまたぴったりな特集のかもしれません。もちろん当時の年代に関係なくとも楽しめるものでもあります。

生まれでは約15年ずれている自分としては、知っていても、すでに少し大人になっていたりする半面、記憶や分析はしっかりしているので、当時の記憶のトレースも出来ます。キャラクタものとしてはすでに卒業しているところもあって当然で、経験した年代ながら異文化のように今見えます。きっと先輩である団塊の世代の方々が自分ホームページをご覧になった時の印象にも相似的なことが起こるのでは・・・60年代をテーマに更新を進めたいと思います。

2018年5月27日 (日)

ホームページ更新~60年代 青春ドラマと主題歌

久々ですが、新規ページ作成しました。新年に紅白歌合戦のページを作成して以来でしょうか。「みんなのうた」関係の集まりがあって思い出したことがありました。学校の歌>歌謡曲の間には「みんなのうた」があったのですが、「みんなのうた」と「歌謡曲」の間にもあって、これが青春ドラマの主題歌で、遠足の歌集には掲載されませんが、バスの中での歌唱は許される限界のところにあった・・・という個人的な記憶があります。

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代表曲は「青春とは何だ」などでしょうか。熱血教師・スポーツ・出来の悪い生徒がセットであったと思いますが、60年代後期にはスポーツに中心を置いたドラマもありました。60年代から70年代へは高度成長から多様化する時代でもあって、ポップス、GSの後にはフォークそして、猛烈からビューティフルの時代へ変わって行くところでもあります。

当時、一家庭にテレビが何台もある訳でもないので、大河ドラマの裏番組であったので個人的にはなかなか見ることは出来なかった・・・大河が終わってチャンネルを回すとエンディングであったのかもしれません。たぶん後年の再放送で補間されているのでしょう。

青春ドラマに欠かせなかったスポーツも、背景としては1964年の東京オリンピック以後のスポーツ浸透、スポーツ漫画の影響もあったと思います。

青春ドラマも70年代には学園もの、その後の教師ものなど、難しい教育問題も含んで多様化して行きます。

詳細データはホームページをご覧ください。

http://mtomisan.my.coocan.jp/newpage45.html

2018年5月12日 (土)

みんなのうた特設コーナーページ更新

お馴染みのるんるんさんから先日の西六コンサートのレポートを頂きましたのでホームページに掲載、更新しました。

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るんるんさん、ありがとうございました。

コンサートに加え情報交換も出来、みんなのうた研究が進むことでの安心を得ました。

詳細はホームページをご覧ください。

http://mtomisan.my.coocan.jp/page176.html

2018年5月 3日 (木)

西六郷少年少女合唱団定期演奏会

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第一生命ホールまで参りました。NHK「みんなのうた」でお馴染みの合唱団です。このところ毎年来ております。美しい歌声と、選ばれた楽曲、澄んだホールの響き。

「みんなのうた」では50曲以上がこの合唱団の声で世に紹介されるといった、伝統的な合唱団で特に自分の専門分野である60年代の活躍には華々しいものがあったと記憶します。

コンサートの終わった後、以前「みんなのうた」関連番組に出演した仲間の集まりでも合唱団による「音」の違いの話が出ました。

聞こえるか聞こえないかという小さなところから出てくる冒頭の声も柔らかいながらしっかり揃っていて、多数でありながらも1つにまとまっている、でも複数であって1つではない厚み、それは正に鍛錬の賜物なのでしょう。そうしたテクニックが随所に出て来る、そして絶対難しいだろうというピッチカート(スタッカート)でのハモリなどテクニカルな曲もずいぶん多かった感じもします。それは観客がOBOGが圧倒的に多いこともあるのでしょうが、実際に隣の方から「何期生ですか?」と聞かれるような状態で、単なるファンである自分は答えにつまって少し恥ずかしい思いをしました。

いつものように多数のアンコールのあと「ぼくらのまちは川ぷち」でアンコールも終了。この曲のピアノのイントロが聞こえると誰もがコンサートの終わり納得するのです。この合唱団にとっても、時代を越えて「みんなのうた」の存在の大きさ感ずる瞬間でもあります。

各合唱団にはOBOGのグループもあって演奏会もあります、そこでは「みんなのうた」が良く歌われます。きっと良い思い出だと思います。一方で現役生のコンサートでは「みんなのうた」の歌唱が少ないことに少し寂しさを感じます。先輩たちの声で世に出した曲が沢山あるのですから。やはり今の少年少女の声で「みんなのうた」を生で聴きたい・・そう思われるファンは年齢層越えて多いのではないでしょうか。

2018年3月21日 (水)

学研の学習のふろく、科学のふろくページ更新

さがしている学研の学習・科学の本誌が一部入手できたので、参考にしてサイトを更新しました。

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3年ほど前になりますが、自分が学研の科学や学習を読み始めたのが小学4年の1964年ではなく、その前の年にすでに読んでいたらしいことが判りましたがまず小学4~6年のデータをはっきりしたものにしようということで進めています。科学の方は小学5年の夏休み号が他号と違い小型版のため入手が難しかったのですが今回入手できました。これで科学は小学4~6年はすべて揃いふろくの全容が判りました。学習は今回、小学4年、5年が全号揃いましたが、小学6年はやっと半分というところです。

以前も書きましたが科学や学習は自分の読む以前からありましたが、ご存じのふろくを中心とした人気はこの頃盛り上がったもののようです。学研のサイトや学研のふろく本に具体的に出ているのは自分の時より少し後のところです。まさに変わろうとしたのが自分たちの年代であったようです。

60年代 学研の「科学」と「学習」のふろくの研究

http://mtomisan.my.coocan.jp/page194.html

2018年3月 6日 (火)

学研 学習のふろく

 学研の科学のふろくが人気となって確立して行くのは昭和38年以降だと思っています。個人的には昭和39年科学のふろくは友人たちで人気でした。学習はいまいち硬い感じでやはり勉強色が濃かったところがありました。科学は理科の付録でしたが、学習は科目なら社会がその中でも魅力があったのでしょうか。

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 オークションで昨日入手しました。1966年の「新日本交通地図」これは表紙・裏面の絵柄覚えていました。「おりたたみ式」で携帯に便利、旅行時にも利用して楽しく学習できます・・・とあります。

 果たして旅行まで持っていったか・・・覚えていませんがかなり後まで書棚に残っていた記憶があります。

60年代科学と学習のふろく

http://mtomisan.my.coocan.jp/page194.html

2018年3月 3日 (土)

芝白金三光町~道と街の形成

今は港区白金になっています。1962~64年、小学生で住んだ街です。当時思った疑問や印象も調べてみるとそれなりの理由があることが判ります。東京も港区ですが緑や自然の残るところでした。2000年前までは街もそう大きく変わっていなかったように思います。自分が住んでいたのは、聖心女学院や北里研究所の近く、すでに統合廃校になった神応小学校の裏(当時、その後表側)でした。2000年頃までは訪問もしても当時のおもかげが随所に残っていました。それからマンションなど開発が進んで今日に至っています。

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先日ブログでも資料入手で掲載したところですが、ホームページも内容更新しました。

地図から判ることもありますが航空写真はまた違った切り口を見せてくれます。

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昭和22年の航空写真

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現在の3D表示です。

ホームページを更新しました。

http://mtomisan.my.coocan.jp/page105.html

2018年2月 9日 (金)

港区近代沿革図集

先日入手した資料「増補港区近代沿革図集」ですが、昭和47年に発行され絶版となったものにその後の1986年、2007年の地図を加えたもので、これもすでに発行より10年がたっています。しかしよく見ると、昭和16年が消えて昭和12年に差し替えられ、そのかわり昭和22年が追加されています。

昭和37年~昭和39のまる2年だけ住んだ場所ですが・・・

昭和12年の地図を見ると玉川電車が天現寺橋まで来ており、東京市電が専用線で恵比寿方向に向かって行きます。外苑西の道はなく、豊沢、白金三光町の停留所があります。増補で無くなった昭和16年の地図では道路がありそこを市電が走っています。昭和19年にこの線は廃線となり線路は鉄材として供出されたようです。1962年当時、父はこの広い道路から都バスに乗って目黒の仕事場に通勤しましたが、この広い道路に都電でも走っても不思議ではない・・・と思ったのもまんざら外れた話ではない・・・あらためて道の形成は不思議なものだと思います。当時北里大学前のバス通りから入る豊沢の通りの不思議さを感じていましたが、昔の地図をみるとうなづけるものがあります。環状4号の計画線や、御領地が自然教育園になる過程などいろいろなものが映し出されて行きます。

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2018年2月 3日 (土)

設計・工作教室シリーズ入手

2,3年前に1970年代のものは持っているのですが、1960年代のものを見てみたいと以前から思っていて入手することができました。10冊揃いですと箱があったんですね。古いものですがほとんど読んでいないものでした。内容も以前捜して、結局国立国会図書館の遠隔サービスで複写して貰ったものと同時期のもののようです。確認していて気付いたのは表2に蔵書印があることで驚いたことに「株式会社マイクロトレーン」とあります。ご存じの方もあるかと思いますが、ソニーがNゲージ模型を製品化するために作った子会社で、1963~1965年ころ存在し、製品発売することなく消えた会社・・・とするとほとんど読まれていないことも、また各巻の出版年も符合する・・・このシリーズでは発行年で内容も変わっていることがありHO車輛とレイアウトの工作では時期により掲載されるキットが変わっていたり、トランジスタ・ラジオの工作では使用トランジスタの品種がかわったり、そのためか巻頭のグラビアが後年なくなったりで、時代変化と内容には興味深いものがあります。

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これには驚きました。

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