コーラルのFLAT6で、1971年高校2年の時、秋葉原のラジオストアースピーカー部で購入。1969年中学生時代読んでいたステレオ芸術でコーラル社のこのスピーカーは高評価でした。
週刊FMの1971年の号で長岡鉄男氏のオーディオコーナーを参考に製作。
参考にした記事が整理でみつかり、長岡さんはアシダのスピーカーでしたが。
これがボックスではなく屏風。しかし平面バッフルから、後面開放、ホーンもどきまで当時自分なりの実験で分かり
1977年大学生の時、小学館GOROのオーディオページ執筆で紹介。
これは記事なので三菱のP-610
自宅を引っ越し、屏風バッフルからパラ接続モノ、そしてそれを2分してステレオにした残骸が今回天袋から見つかりました
朝4時半にめざめ、6時まで布団に入っていました。今日は燃やさないゴミの日。以前から出品しようと思案していた自作機材は廃棄することに決めました。懐かしいものもありました。学生時代はお金もなく、アルミシャーシをつかい回ししていたので色々な機材に化けた、そのなれの果て。
そのころオーディオ装置はメーカー製でしたが、高校に入学した1970年チャンネルデバイダーを自作しました。これも当時走りであったカラオケ生成機の研究の一環でしたが帯域分離では当然無理で結局正規に戻ったもの。この時の中高音用のアンプは4チャンネルのリアアンプに一時なりました。4chも去りマルチアンプに戻りますが、1974年はDCアンプ自作の時代になりました。このシャーシには下側(実際は上側)が有り電源と回路を分離、両サイドに木材取り付けた2段分離型の箱タイプだった事を思い出しました。
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