この4月から終身会員になったということでした。音響学会に入会したのは最初の会社に入って2年目だったか1980年の事だと思います。当時の仕事は量産化設計の製造技術・生産技術でしたので大学時代のゼミの担当教官、卒業後も質疑やりとりのあった助教授の推薦入会でした。研究室は音響専攻でしたが仕事はラジカセの量産化で御口添えを貰いました。研究会の出席も有給を取ってでしたし、入会や会誌の購読なども会社は興味なく翌年トラ技の執筆を始めると辞表を出して電子楽器の設計開発に転職しました。しかし辞めるというと来月からカーステ設計へ異動だと興味のないところでした。最初の会社は入社した年に電子楽器の開発を止め、父のアドバイスで3年は勤めろでした。それから随分年は流れ年月も満ちて終身会員となった事に感慨があります。
3月19日でしたが地下1Fに。正確には移転、ダイヤ街路地筋からになるのでしょうか。まだ一部箱空けなどされていましたが、ガラス張りの試聴コーナーもあるようです。吉祥寺パルコB1Fも大変以前は模型屋、材料屋などかなり趣味性の高いゾーンでしたので、少し嬉しい気持ちもあります。オーディオ・ユニオンといえば学生時代お茶の水のお店に行っていた頃、同店主催の録音コンテストがありまして、創作オーディオ賞を頂いたことがあります。審査員は荻 昌弘さんでFM東京で放送され、賞として収録されたレコードをいただきました。自作のシンセ1号機も使ったものでまだ十分な音階も出せず効果音 的なものでしたが、あそこも原点であった・・・1975年のことです。当時のオーディオ装置の方はまだあります。
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